水上町藤原 その2


【秋の絵から】


秋晴れ(須田貝)
秋晴れ(須田貝)[10P/1974]


湯ノ小屋温泉行きのバスに乗って須田貝下車、
坂道を下って右に折れると、須田貝集落が見渡せました。
この絵のヤギは、その須田貝集落の入り口付近で飼われおり
私たちはいつも、ヤギ小屋の近くにあった木立の下で一休みしたものです。

そして下記の「道」は、そこから見た須田貝の風景です。


道(須田貝)
道(須田貝)[30P/1977]

新涼(原)
新涼(原)[40P/1975]

初秋(朝)
初秋(朝)[10P/1975]

日暮れ
日暮れ[10P/1975]

大芦晩秋
大芦晩秋[10F/1976]

残秋(11月の明川)
残秋(11月の明川[6F/1976]

立秋(9月の須田貝)
立秋(9月の須田貝)[8F/1976]

秋色(大芦)
秋色(大芦)[30P/1976]

大芦の小品
大芦の小品

残秋(青木沢)
残秋(青木沢)[10F/1976]

明川風景
明川風景[8P/1977]

秋日(山口)
秋日(山口)[8P/1977]

【冬の絵から】

いつの事でしたか、
久保でバスを降りて山口に向かって歩いていたとき、
雪をのせたまま滑り落ちている屋根を見かけ
はっとしたことをよく憶えております。

私たちは、雪国の風物を求めて藤原郷を訪ね、
時に、雪に足をとられ難行苦行をする事はあっても、
そこで暮らす人々がいかに雪と接しているか、
その実際の姿を見てはいなかったことを、その時痛切に感じました。

屋根の雪下ろしをしていて、
誤って屋根から落ち、大怪我をされた方もいらしたほどです。

また、囲炉裏端でいろいろな話を伺いながら
秋の間に蓄えられた瓶詰めのきのこや漬物を頂いている時
しみじみとした幸せを感じた、そんな時もありました。

民家を描きながら彼はよく、こんな風なことを申しておりました。
・・それぞれの家が持つ長い歴史を、この絵の中に描きこめられたらなあ・・

残秋(応永寺付近)
残秋(応永寺付近)[20P/1978]

初冬
初冬[8F/1976]

須田貝初冬
須田貝初冬[12P/1976]

初雪(青木沢)
初雪(青木沢)[20P/1976]

残秋(青木沢初雪)
残秋(青木沢初雪)[10P/1976]

初冬
初冬[4F/1976]

冬(明川)
冬(明川)[20P/1976]

山麓の冬(青木沢)
山麓の冬(青木沢)[8P/1977]

雪間(大芦)
雪間(大芦)[6F/1977]

雪晴れ(明川)
雪晴れ(明川)[4F/1977]

【雪解け、そして春】

雪の道
雪の道[100F/1973]

路傍(雪解けの頃)
路傍(雪解けの頃)[20F/1973頃]

雪解け
雪解け[20P/1978]

春霖(山口)
春霖(山口)[15M/1979]
※「春霖」とは春の長雨のこと。

晩春(明川)
晩春(明川)[8P/1979]

何年にもわたって通い続けた藤原郷でしたけれど、
次第に間遠になり、
気がついたら20年以上の歳月がたってしまっておりました。

宝台樹スキー場がオープンするなど開発が進んでいる様子が耳に入るとなおのこと、
気にはなりながらも足が遠のいてしまっていたのです。

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