中央線の旅・塩山

1986年5月中旬の田染幸雄の旅行メモ


   早朝家を出る。雲の色が素晴らしく、見惚れながら歩いた。

   中央線で塩山まで行き、そこからバスに乗ることにした。
   裂石(さけいし)・大菩薩峠登山口行きのバスで終点下車、
   そこから、目的地のないままに歩き始める。
   天気は上々、暑いくらいだった。新緑、そしてつつじなど。

   翌日は、塩山よりタクシーを使い
   青梅街道を経て丹波山村まで行くことにする。
   この日は、丹波山村の約5km手前でタクシーを下り歩き始める。
   歩き疲れた頃、近くに標識あり・・丹波山まで4kmとあった。

   たまたま目に入った旅館の看板を見て、そこに泊まることにした。
   素朴な宿だった。部屋も質素そのもの、
   しかし宿の人はさっぱりとして好印象。
   夕食時に銚子3本。更に同宿の5人衆の部屋に招待されて
   また飲む・・駄洒落も交錯させて話ははずんだ。

   翌日は、早朝から歩き始める。
   晴天、歩いていると汗ばむほどだった。



雲間(裂石付近)
雲間(裂石付近)[10P]
初夏(裂石)
初夏(裂石)[10P]
山吹(裂石・雲峰寺付近)
山吹(裂石・雲峰寺付近)[6F]



旅から戻った田染幸雄の話

   塩山から丹波山に向かって歩いていると
     途中、滑床(なめとこ・断崖をなめるように水が流れている)
   花魁淵(おいらんぶち・墓碑が立てられ花も添えてあった)などがあり
   夕方ともなると山陰多くして薄暗く、無気味な感じの場所もあった。

   またの日、青梅街道を歩いると汗ばんでくるほどだった。
   のぼり旗をたてた山葵などの直売所があったので
   ジュースを飲んで一休み、珍しい品物も置いてあった。


その店で買って送ったという宅急便の中身を
私は思い出しておりました。
  粟・ひえ、もろこし粉、蕎麦粉、小麦粉、山葵、きび餅、飴玉、梅干し・・

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